楽天市場

2018年08月21日

障害者雇用 水増し

国土交通省や総務省などの中央省庁が障害者の雇用(割合)について “水増し報告” していたことがニュースになりましたが、同様のことが、地方自治体においてもなされていたようです。

 障害者雇用促進法で義務づけられている障害者の法定雇用率をめぐり、山形県と愛媛県は20日、対象外の職員を算入していたと発表した。国の複数の中央省庁で疑いが出ている雇用率の水増しが、地方自治体でも広がっている実態が明らかになった。また、新たに総務省が水増しを、国土交通省が水増しがあった可能性をそれぞれ認めた。
(「朝日新聞 DIGITAL」より抜粋)


あり得ない話です。


どういうつもり(意図)であったのか、真実を知りたいところです。


上の記事にある「障害者雇用促進法で義務づけられている障害者の法定雇用率」というのは、国や地方自治体に関しては、現在は2.5%とされています。

そして、この場合の「障害者」は、“障害者手帳の所持者” や “医師の診断書のある人” のことを指します。


 障害者手帳.jpg


そして、この点につき、本来は障害者ではない人を “水増し報告” していたということなのですが、


ある自治体では

 「診断書を確認せずに自己申告に基づいて職員が障害等級を判断してしまった」

と言い、ある自治体では

 「 “プライバシーへの配慮” を理由に障害者手帳の有無を確認していなかった」

と言い、さらには

 「担当者の制度の理解が十分でなかった」

と言います。


ですが、“お役所” なのに、そんなことが果たしてあるでしょうか?

少なくとも、ふだんは(我々には)必要書類を揃えるように要求してくるところです。


明らかに「水増し」が目的であったと、個人的には考えています。


そしてその理由は、補助金や助成金目当てなどと言うことではなく、単に「雇いたくなかった」からなのです(と思います)。


はなっからカウントに入れるつもりなどなかったということです。


とても障害者の雇用と自立支援を積極的に行うべき人たちの行うことではありません。


ただ、ただ、信じられないばかりです。






posted by Descartes at 23:16 | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

義母と娘のブルース 第6話

TBSのドラマ「義母と娘のブルース」が好きで毎週観ています。


義母と娘のブルース_ロゴ.jpg

 こちら >> 火曜ドラマ『義母と娘のブルース』|TBSテレビ


そして、昨晩は第6話の放送があったのですが、“あまりにも衝撃的な” 展開でした。

とは言っても “予想だにしない展開” というわけではなく、むしろ前もって何度も “予告” されていたことなのですが、「えっ、今日?」という感じで、いきなり “その日” はやって来ました。


そして、ドラマは “第2章” に突入したのですが、まるで、今まで “壮大なオープニング” を見せられていたかのような気分です。


第2章では、小学生だった宮本みゆき(横溝菜帆)は成長し、高校生となっているのすが、この高校生のみゆきを演じている上白石萌歌がまた “いい” です。

横溝菜帆演じるみゆきが、そのまま高校生になれば、おそらく(間違いなく)このような女子高生になっていることでしょう。


さらに、今までその役どころがはっきりとしていなかった佐藤健も第6話にして始めて “まともに” ストーリーに加わってきた感じです。


「アンパンだけしか美味しくないパン屋に再就職」 という展開も良いです。


もう完全に、毎週見逃せなくなってしまいました。


第6話は、本当に “あまりにも衝撃的で、素晴らしい” 展開でした。


今期に始まったドラマの中で 「毎週観続けてきて良かった」 と思えるドラマのひとつです。


宮本みゆきと黒田大樹の “奇跡” の方も気になりますね。


▼ 原作本はこちら



義母と娘のブルース(上) (ぶんか社コミックス)
義母と娘のブルース (下) (ぶんか社コミックス)






posted by Descartes at 22:52 | テレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月09日

原爆の日 原爆ドームと浦上天主堂

今日(8/9)は、長崎の「原爆の日」です。

そして先日(8/6)は、広島の「原爆の日」でした。


被爆は、今から73年前のことです。


そして、広島には被爆当時の形のままに「原爆ドーム」が、今も残されています。


原爆ドーム.jpg


核兵器による惨状をそのままの形で今に伝えるためです。


世界遺産にも認定された建物ですが、実は、戦後には「解体すべきか、残すべきか」という議論が続いたのだそうです。

その残骸が、悲惨以外の何物でもなかったからでしょうか。


10年以上に及ぶ議論の末に保存が決まったのは、1歳のときに被爆し高校生のときに白血病で亡くなった「楮山ヒロ子さんの日記」がきっかけだと言われています。


その日記(亡くなる前の年)には、次のように綴られていました。

あの痛々しい産業奨励館(現・原爆ドーム)だけが、いつまでも恐るる原爆を世に訴えてくれるだろうか。


楮山ヒロ子さんが願っていたものは “平和” です。

そして、その平和を伝えるために “痛々しい産業奨励館” はあの場所に残っていて欲しいと思ったのです。


この日記の存在により、「広島折鶴の会」の学生たちが産業奨励館の保存に対し働きかけ、現在の原爆ドームになりました。


一方、長崎の「原爆の日」というと、多くの人が思い浮かぶのは「平和祈念像」ではないでしょうか。


平和祈念像.jpg


この像は、被爆10周年を迎える1955年の8月8日に建てられたもので、当時のままに残る原爆ドームとは、また違った意味合いのものです。

長崎の原爆では、残骸を残すこともなく多くの建物は消失してしまったのでしょうか。


実は、長崎にも被爆の様子を伝える “シンボルとなり得る” 建物が残っていました。


カトリックの教会である「浦上天主堂」です。


東洋一の規模を誇る大聖堂でしたが、被爆により、赤レンガの壁だけを残す悲惨な姿となってしまったのです。


被爆直後の浦上天主堂.jpg
(画像:「浦上天主堂 | 長崎市 平和・原爆」より)


そして、わずかに残った赤レンガの壁も戦後13年目に取り壊され、現在は新しく「浦上カトリック教会」が建造されています。


浦上カトリック教会.jpg


ですが、実は、この浦上天主堂についても “赤レンガの残骸のまま” 保存する形で話が進んでいました。


当時の長崎市長である田川務氏も浦上天主堂の保存を強く主張していましたが、市長が1956年のアメリカ視察旅行から戻ると、一転して、浦上天主堂を取り壊す方向で話が進んでいったのです。

あくまでも想像でしかありませんが、アメリカ側から何らかの働きかけがあったと考えて間違いないと思います。


何故、米国は浦上天主堂を取り壊して欲しかったのでしょうか?


一説として、長崎の浦上天主堂近くに原爆を投下したことによって、多くの “キリスト教徒” が亡くなったことが理由ではないかと言われています。


「多くのキリスト教徒の命を奪ったのは間違いだった」ということでしょうか。


原爆を使用したことについてはどう思っているのか、気になるところです。



傷壁―失われた原爆遺構旧浦上天主堂

 ↑ 被爆後、解体されるまでの浦上天主堂が描かれた絵画集です。

posted by Descartes at 13:24 | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする